『ローマ皇帝の地下大迷宮~アクアアウグスタに迫る~』テレビ朝日ミッドナイトサタデー2006年2月
再々観
製作は株式会社ドキュメンタリージャパン
ナヴィゲーターは青柳正規
番組当時は国立西洋美術館館長・東大教授 現同美術館理事長
ナレーションは篠原ともえ
タイトルだけ確認して録画しておいたもの
これは是非DVD化して欲しい
歴史好きにはたまらない内容です
初代ローマ皇帝アウグストゥス、義父はあのシーザーです
工事を指揮したのは右腕である軍神・初代水道長官アグリッパ
美大目指したものなら一度はデッサンしたことのある彫塑像のお二人
皇帝はなにか青白い顔だなと思っていたら、本当に病弱な方だったんですね
しかし、業績は偉大です
Aqua Augusta
イタリアの水道路です
今回青柳探偵(番組では考古学探偵と命名)が取材していたローマ水道は
セリノを水源とし、ポンペイとナポリまで豊富な水を運んだアクアアウグスタ
約100キロにも及ぶそのルートは下記となります
セリノ→ラウラ山→アペニン山脈→広い平野→ナポリ市街地→ミセネム軍港へ
丁度距離も地形も箱根から東京間と類似しています
スタートは以前NHKが黄河の最初の1滴を探し当てましたが
それと同じぐらいここで?という素朴さ
そこから高さ150×幅50センチの小さいトンネルが延々と100キロ続くのです
水路の内側は豊富な火山灰からなるコチョペストという防水しっくいが
綺麗に塗られておりました
水は硬質の為、石灰がたまりやすく
定期的に水をとめてのメンテナンスが必要だったようです
そのメンテナンス地区は定住する人が増え
そして集落となった場所も少なくなかったようです
セリノから始まった水路建設の
第一の関門がラウラ山
150mの段差がありそのままでは急勾配の水圧で水道管が破壊されてしまいます。
土やレンガを盛り地表に水道路をタイルで覆い這わしたり
工夫をこらして九十九折にすることでその水圧をかわしています
第二の関門が流れをさえぎるアペニン山脈
高度な測量技術で山の両側からトンネルを掘り、数箇所は山の上から
垂直に穴を掘り、そこから通すように貫通しています
その後、水路の監視やメンテナンスもその穴から降りて行っていたようです
今でも2000年前の山の上の電話ボックスサイズの小屋が残っていました
さらっと紀元前が存在するローマの凄さ
最大の難関がそこからの巨大な平野です
つまり、ここから万里の長城のようにナポリまで延々と水道橋が続くのです
勾配は0.17% 100mで1.7センチほど
ビー玉すら転がらないほどのものすごい精度です
取材中、現地の人々が皆「子供の時にローマ水道の遺跡で遊んだよ」と
話しているシーンが素敵でした
あたりまえにさらっと紀元前の遺跡と親しんでいる豊かさは素敵です
その水道の恩恵を受けた都市のひとつ、ポンペイの遺跡では
水の音が健康に良いと考えられていたらしく
町中にせせらぎを聞く水の施設が豊富に作られていました
公共浴場では身分の隔たり無く豪華な施設で人々がサウナを楽しみ
その壁は肌を冷やさないよう壁の間に温風が流れ暖められていたようです
また、その都市を潤す町の分水所には
3つの水路があり、一つは一般、一つは浴場を含めた公共施設
その他が貴族達の専用水路でした
そこには段差が施されており、わずかでも水位が減ると
まず貴族の水が止まり、次に施設、最後に一般用と
とても公平な処理がされているのでした
町中ではサイフォン式で水圧を高め、隅々まで豊富に配水をしていました
やがて水は最終目的地ミセネムの軍港にたどり着きます
そこに5万トンの貯水池が今も残っています
当時世界最大を誇る軍港には必須施設だったのです
そしてローマは平和と拡張を続けていくことになります
ローマの水路は帝国の滅亡により
徐々に破壊され、その後同レベルの水道施設は
19世紀にはいるまで実現することはなかったのです
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歴史番組としても
旅番組としても、とても魅力的でした
青柳教授もとても魅力的です
Aqua Augustaを検索してみたのですが
出てくる水路図は青柳教授が探し当てたものとずれるようですね
九十九折の部分が現地では解明されてないようです
土木建築に詳しい人も何名か見ていたのですが
やはり青柳教授説が近いだろうとのことでした
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